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名古屋地方裁判所一宮支部 昭和46年(わ)117号 判決

被告人 山本文一 ほか八名

主文

一、被告人山本文一を懲役一〇月に、被告人堀尾源吾、同松村徳次郎および同鈴木松次郎の三名を各懲役八月に、被告人近藤博、同大島重夫および同稲垣義明の三名を各懲役四月に、被告人宮島利一を懲役三月にそれぞれ処する。

二、ただし、右の被告人八名に対し、この判決が確定した日からいずれも三年間、当該被告人に関する右の各刑の執行を猶予する。

三、押収にかかる現金二一万九、六〇〇円(当裁判所支部昭和四六年押第二九号――なお、上記現金の内訳は一万円紙幣二一枚、五、〇〇〇円紙幣一枚、一、〇〇〇円紙幣四枚、五〇〇円紙幣一枚および一〇〇円硬貨一個である。――)を被告人山本文一から没収し、被告人近藤博から金六万円を、被告人大島重夫から金二万四〇〇円をそれぞれ追徴する。

四、被告人菊池勝男は無罪。

理由

第一、有罪部分について。

(罪となるべき事実)

一、被告人山本文一は、昭和四六年四月二五日施行された愛知県犬山市長選挙に際し、かねてから立候補を決意していたものであるが、自己の当選を得る目的をもって、その立候補届出前である同月八日、同市大字犬山字東古券三三一番地の一に設けられた山本文一後援会事務所において、同被告人の実質的な応援団体である犬山金昇連合会会長の被告人堀尾源吾に対し、自己のために、前同選挙の選挙人である金昇会員を対象とする投票勧誘ならびにその投票とりまとめなどの選挙運動を依頼し、その報酬および費用として、現金三〇万円を供与し、かつ立候補届出前の選挙運動を行なった。

二、被告人堀尾源吾は、前記犬山金昇連合会長であり、かつ右犬山市長選挙に立候補の決意を有する被告人山本文一の選挙運動者であるが

(1) 右一記載の日時、場所において、被告人山本文一から前同記載の趣旨で供与されるものであることを知りながら、現金三〇万円の供与を受けた

(2) 被告人山本文一をして前同選挙に当選を得さしめる目的をもって、いまだ同被告人の立候補届出のない同年同月八日、前記山本文一後援会事務所において、右犬山金昇連合会犬山地区会長の被告人松村徳次郎に対し、被告人山本文一のために、前同選挙の選挙人である金昇会員を対象とする投票勧誘ならびにその投票とりまとめなどの選挙運動を依頼し、その報酬および費用として、現金三〇万円を供与し、かつ立候補届出前の選挙運動を行なった

三、被告人松村徳次郎は、前記犬山金昇連合会犬山地区会長であり、被告人鈴木松次郎は、同連合会幹事長をしているもので、いずれも前記犬山市長選挙に際して立候補の決意を有する被告人山本文一のための選挙運動者であるが

(1) 被告人松村徳次郎は、右二の(2)記載の日時、場所において、被告人堀尾源吾から同記載の趣旨で供与されるものであることを知りながら、現金三〇万円の供与を受けた

(2) 被告人松村徳次郎、同鈴木松次郎の両名は、共謀のうえ、前記選挙に関して立候補の決意を有する被告人山本文一に当選を得させる目的をもって

(イ) いまだ被告人山本文一の立候補届出のない同年同月八日、同市大字犬山字高見町八番地の二にあるフジ喫茶店において

(a) 前同選挙の選挙人で、右犬山金昇連合会員でもある被告人近藤博に対し、被告人山本文一のために、同被告人と前同連合会との間の選挙情報の交換連絡などの選挙運動をすることを依頼し、その報酬および費用として、現金六万円を供与し

(b) 前同連合会羽黒地区会長代行の職務を担当していた被告人大島重夫に対し、被告人山本文一のために同選挙の選挙人で右羽黒地区に居住する金昇会員を対象とする投票勧誘ならびにその投票とりまとめなどの選挙運動を依頼し、その報酬および費用として、現金五万円を供与し

(ロ) いまだ被告人山本文一の立候補届出のない同年同月八日、同市大字犬山字北笠屋三七番地の被告人松村徳次郎方において、犬山金昇連合会池野地区の会長代行の職務を担当している被告人宮島利一に対して、被告人山本文一のために、同選挙の選挙人で右池野地区に居住する金昇会員を対象とする投票勧誘ならびにその投票とりまとめなどの選挙運動を依頼し、その報酬および費用として現金三万円を供与し

(ハ) いまだ被告人山本文一の立候補届出のない同年同月九日、同市字横町九八番地の被告人菊池勝男方において、犬山金昇連合会楽田地区の会長である同被告人に対して、被告人山本文一のために、同選挙の選挙人である右楽田地区に居住する金昇会員を対象とする投票勧誘ならびにその投票とりまとめなどの選挙運動を依頼し、その報酬および費用として現金五万円の供与方申込をし

(ニ) いまだ被告人山本文一の立候補届出のない同年同月九日、同市大字前原字西町九三番地の被告人稲垣義明方において、犬山金昇連合会城東地区の会長代行の職務を担当している同被告人に対して、被告人山本文一のために、同選挙の選挙人である右城東地区に居住する金昇会員を対象とする投票勧誘ならびにその投票とりまとめなどの選挙運動を依頼し、その報酬および費用として、現金五万円を供与し

かつ、それぞれ立候補届出前の選挙運動を行なった

四、被告人近藤博は、前記犬山金昇連合会に所属するもので、前同選挙に際して、前記被告人山本文一のための選挙運動を行なったもので、しかも右被告人山本文一の前記候補にさきだち、あらかじめ同被告人が同選挙に立候補する決意を固めていることを知っていたものであるが、前記三の(2)の(イ)記載の日時、場所において、被告人松村徳次郎、同鈴木松次郎の両名から、前記三の(2)の(イ)の(a)記載の趣旨で供与されるものであることを知りながら、現金六万円の供与を受けた

五、被告人大島重夫は、前記犬山金昇連合会の羽黒地区会長代行の地位にあって前同選挙に際して、前記被告人山本文一のための選挙運動を行なったもので、しかも右被告人山本文一の前記立候補にさきだち、あらかじめ同被告人が同選挙に立候補する決意を固めていることを知っていたものであるが、前記三の(2)の(イ)記載の日時、場所において、被告人松村徳次郎、同鈴木松次郎の両名から、前記三の(2)の(イ)の(b)記載の趣旨で供与されるものであることを知りながら、現金五万円の供与を受けた

六、被告人宮島利一は、前記犬山金昇連合会の池野地区の会計係で同地区会長代行の職務をも担当し、前同選挙に際して、前記被告人山本文一のための選挙を行なったもので、しかも、右被告人山本文一の前記立候補にさきだち、あらかじめ同被告人が同選挙に立候補する決意を固めていることを知っていたものであるが前記三の(2)の(ロ)記載の日時、場所において、被告人松村徳次郎、同鈴木松次郎の両名から、同記載の趣旨で供与されるものであることを知りながら、現金三万円の供与を受けた

七、被告人稲垣義明は、前記犬山金昇連合会の城東地区の会計係で、同地区会長代行の職務をも担当し、前同選挙に際して、前記被告人山本文一のため選挙運動を行なったもので、しかも右被告人山本文一の前記立候補にさきだち、あらかじめ同被告人が同選挙に立候補する決意を確めていることを知っていたものであるが、前記三の(2)の(ニ)記載の日時、場所において、被告人松村徳次郎、同鈴木松次郎の両名から、同記載の趣旨で供与されるものであることを知りながら、現金五万円の供与を受けた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人山本文一の判示一、被告人堀尾源吾の判示二の(2)、被告人松村徳次郎、同鈴木松次郎の判示三の(2)の(イ)((a)および(b))、(ロ)、(ハ)および(ニ)の各所為のうち、各現金供与(ただし、被告人松村徳次郎、同鈴木松次郎の判示三の(2)の(ハ)については現金供与の申込)の点はいずれも公職選挙法二二一条一項一号、罰金等臨時措置法二条一項(なお、被告人松村徳次郎、同鈴木松次郎に関する部分に限って刑法六〇条をも適用)に、右の各所為のうち、各事前運動の点はいずれも公職選挙法二三九条一号、一二九条、罰金等臨時措置法二条一項(なお、被告人松村徳次郎、同鈴木松次郎に関する部分に限って刑法六〇条をも適用)に、被告人堀尾源吾の判示二の(1)、被告人松村徳次郎の判示三の(1)、被告人近藤博の判示四、被告人大島重夫の判示五、被告人宮島利一の判示六、被告人稲垣義明の判示七の各所為は、いずれも公職選挙法二二一条一項四号、一号、罰金等臨時措置法二条一項にそれぞれ該当するところ、被告人山本文一の判示一の所為、被告人堀尾源吾の判示二の(2)の所為、被告人松村徳次郎、同鈴木松次郎の判示三の(2)の(イ)((a)および(b))、(ロ)、(ハ)、(ニ)の各所為のうちの当該各現金供与(ただし、被告人松村徳次郎、同鈴木松次郎の判示三の(2)の(ハ)については現金供与の申込)の罪と各事前運動の罪との間には、いわゆる一個の行為で二個の罪名に触れるという関係が存在するので、刑法五四条一項前段、一〇条により、いずれも重い現金供与(ただし、被告人松村徳次郎、同鈴木松次郎の判示三の(2)の(ハ)については現金供与の申込)罪の刑に従って処断することとしたうえ、以上の被告人八名に対する関係において、当該被告人に関する前記各罪の所定刑中いずれも懲役刑を選択するが、とくに、被告人堀尾源吾の判示二の(1)と(2)の各罪、被告人松村徳次郎の判示三の(1)および(2)の(イ)((a)と(b))、(ロ)、(ハ)、(ニ)の各罪ならびに被告人鈴木松次郎の判示三の(2)の(イ)((a)と(b))、(ロ)、(ハ)、(ニ)の各罪については、これらの各罪がいずれも当該各被告人ごとに同法四五条前段の併合罪の関係があるので、同法四七条本文、一〇条により、被告人堀尾源吾については、同被告人に関する前記各罪のうち犯情が重いと認められる判示二の(2)の罪の刑に、被告人松村徳次郎については、同被告人に関する前記各罪のうちで犯情が最も重いと認める判示三の(1)の罪の刑に、さらに、被告人鈴木松次郎については、同被告人に関する前記各罪のうちで犯情が最も重いと認められる判示三の(2)の(イ)の(a)の罪の刑に、それぞれ法定の加重をほどこし、以上の被告人八名につき、当該被告人に関する各所定刑期の範囲内において、被告人山本文一を懲役一〇月に、被告人堀尾源吾、同松村徳次郎および同鈴木松次郎の三名を各懲役八月に、被告人近藤博、同大島重夫および同稲垣義明の三名を各懲役四月に、被告人宮島利一を懲役三月にそれぞれ処するが、諸般の情状にかんがみ、刑法二五条一項を適用して、以上の被告人八名に対し、いずれもこの判決が確定した日から三年間当該被告人に関する右の各本刑の執行を猶予する。なお、主文第三項記載のような押収にかかる現金二一万九、六〇〇円は、被告人堀尾源吾が判示二の(1)のように被告人山本文一より供与を受けた金員の一部であり、被告人堀尾源吾が同判示の犯行によって、これを取得したものではあるが、その後、結局これを被告人山本文一に返還したものであることが証拠上明らかであるから、公職選挙法二二四条前段によって、これを被告人山本文一より没収し、また被告人近藤博が判示四のようにして供与を受けた金六万円ならびに被告人大島重夫が判示五のようにして供与を受けた金五万円中、同被告人が費消して返戻し得なかった金二万四〇〇円は、いずれもこれを没収することができないから、前同法二二四条後段にのつとって、これらの価額を上記の当該各被告人から追徴することとする。

第二、無罪部分について。

被告人菊池勝男に対する本件公訴事実の要旨は、「被告人菊池勝男は、犬山金昇連合会築田地区会長の地位にあり、昭和四六年四月二五日に施行された愛知県犬山市長選挙に際し、同選挙に立候補した被告人山本文一のための選挙運動を行なったもので、しかも右被告人山本文一の前記立候補にさきだち、あらかじめ同被告人が前同選挙に立候補する決意を固めていることを知っていたものであるが、いまだ被告人山本文一の立候補届出のない昭和四六年四月九日犬山市字横町九八番地の被告人菊池勝男方において、犬山金昇連合会犬山地区会長である被告人松村徳次郎および同連合会幹事長である同鈴木松次郎の両名から、被告人山本文一のために、同選挙の選挙人で右築田地区に居住する金昇会員を対象とする投票勧誘ならびにその投票とりまとめなどの選挙運動方を依頼され、その報酬および費用の趣旨で供与されるものであることを知りながら、現金五万円の供与を受けた。」(なお、その該当罰条は公職選挙法二二一条一項四号)というのである。

そこで、検討してみると、まず1、被告人菊池勝男が犬山金昇連合会築田地区会長の地位にあり、昭和四六年四月二五日に施行された愛知県犬山市長選挙に際し、同選挙に立候補した被告人山本文一のための選挙運動を行なったもので、しかも右被告人山本文一の前記立候補にさきだち、あらかじめ同被告人が前同選挙に立候補する決意を固めていることを知っていたものであること、〈2〉、犬山金昇連合会犬山地区会長である被告人松村徳次郎および同連合会幹事長である被告人鈴木松次郎の両名は、前記犬山市長選挙に際し、かねてより被告人山本文一が立候補の決意を固めていることを知っていたもので、同被告人の立候補にさきだち、その選挙運動をできるだけ有利に展開することができるようにあれこれ画策していたものであるが、同年四月八日、両名相談の結果、同連合会楽田地区会長である被告人菊池勝男に対しても、同被告人をして前同選挙の選挙人で楽田地区に居住する金昇会員を対象にして被告人山本文一への投票勧誘ならびにその投票とりまとめなどの選挙運動をいっそう強力に展開させるために、その報酬および費用として現金五万円を供与するのが適当である、という結論に到達し、所要の現金を被告人松村徳次郎が被告人鈴木松次郎に手渡し、翌日早朝にでも、被告人鈴木松次郎において、この現金五万円を被告人菊池勝男方に携行、持参することを取り決めたこと、〈3〉、被告人鈴木松次郎は上記〈2〉のような被告人松村徳次郎との謀議にもとづき、翌九日の早朝、前示の現金五万円を携行して、被告人菊池勝男方をおとずれ、同被告人方の応接間に通されて、同被告人と面談し、同被告人に対して、前示の被告人山本文一のために、前同選挙の選挙人で右楽田地区に居住する金昇会員を対象にして同被告人への投票勧誘ならびにその投票とりまとめなどの選挙運動をいつそう強力に展開してもらいたい、と慫慂し、その際その報酬および費用の趣旨で、前記〈2〉の現金(一万円紙幣五枚)をはだかのままで同応接間の机の上に差し出したこと、以上の各事実は、当裁判所が適法に取り調べた各証拠によってこれを優に肯認することができる。

しかしながら、被告人菊池勝男は、当公判廷において、「被告人鈴木松次郎から差し出された現金五万円について、自分は、『これを受け取るべき理由がない。』と言って、その受領をこばみ、被告人鈴木松次郎に対して、『持って帰ってくれ。』とたのんだ。ところが、被告人鈴木松次郎は、『被告人松村徳次郎と相談して持ってきたものだ。自分は子供のつかいではない。』と称して、机の上に五万円の現金を置いたまま帰ってしまった。そのとき、自分には、ほんとうにその現金を受け取る意思など全然なかった。そこで、すぐ被告人松村徳次郎方に架電して、『現金を取りにくるように。』と連絡した。なお、右の現金はとりあえず自宅の鍵のかかる抽斗しの中に入れて保管したが、数日後被告人松村徳次郎が回収にきたので、そのまま返した。」との趣旨に帰着する供述を繰り返しており、他方、被告人鈴木松次郎の右顛末に関する当公判廷における供述部分も、被告人菊池勝男の当公判廷における右摘録のような供述内容とほぼ符合しているのである。しかのみならず、被告人菊池勝男の司法警察員および検察官に対する各供述調書の供述記載をつぶさに検討してみても、それらの内容の大綱は、同被告人の当公判廷における右摘録のような供述要旨と同じく、結局は、被告人鈴木松次郎から差し出された前認定の現金五万円について、被告人菊池勝男においてこれを受領する意思がなかった、という趣旨に帰着するものと理解せざるを得ないのである。

ところで、同被告人の前記のような当公判廷における供述を初め、司法警察員および検察官に対する各供述調書の供述記載は、ことがらが、すぐれて同被告人の現金受領の意思の有無という内心の状況に関するものであるだけに、同被告人の右のような供述を十分に裏付けるような証拠があるともいえない本件において、同被告人の右のような供述に全面的な信頼をおくわけにいかないことは自明の理というほかはない。しかし、他方、これを同被告人の供述態度、その他当裁判所が適法に取り調べた各証拠と対比して考察すると、同被告人が自己の罪責を免れるためにことさらに虚構の弁解を行なっているものとも認められないのである。その他、本件のあらゆる証拠を検討してみても、被告人菊池勝男が右認定の現金五万円を受領する意思のもとに、これを自己の占有におさめた、という事実を肯認するに足るだけの十分な証拠は、とうていこれを見出し得ない。

そうだとすれば、結局、被告人菊池勝男に対する本件公訴事実は、その犯罪の証明が十分でないことに帰着するので、刑訴法三三六条後段により、同被告人に関する本件公訴事実につき、同被告人に対して無罪の言渡しをすることとする。

以上の理由によって、主文のとおり判決する。

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